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ジェット猫
ぶんたのガンプラやスーパードルフィーのブログです ドールのボディなどを製作したりもしてますっ
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上毛かるたの旅 「ふ」 「お」
忍者さんの慣らし運転も500Kmを超え、6000rpmを上限としていた自己リミッターを解除!
今後は100kmごとに1000rpmずつ上限をアップしていき、走行距離1000km達成で慣らし運転完了となります。
今日は7000rpm上限でツーリング開始~~

東毛方面を攻めようと思います

まずは群馬の一番はじっこ、館林へ
上武17号~R354を走るので、高速ステージですね。
回転も上げられるので速い流れにもついていけますっ

館林にはいくつかかるたスポットがあるのですが時期的なものがあるので
今回はここ!

茂林寺です



参道は、、、、土曜日だってのにがらがらww

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ここはどんな場所かというと、、、、

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おみやげ物屋さんには狸の置物がいっぱい!

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さぁ、ここからお寺の中に入ります

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なにやらずらっと並んでおります、、、、

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ぜーんぶです!

ふ 分福茶釜の茂林寺
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当山は分福茶釜の寺として知られております。寺伝によると、開山大林正通に従って、伊香保から館林に来た守鶴は、代々の住職に仕えました。
 元亀元年(1570)、七世月舟正初の代に茂林寺で千人法会が催された際、大勢の来客を賄う湯釜が必要となりました。その時、守鶴は一夜のうちに、どこからか一つの茶釜を持ってきて、茶堂に備えました。ところが、この茶釜は不思議なことにいくら湯を汲んでも尽きることがありませんでした。守鶴は、自らこの茶釜を、福を分け与える「紫金銅分福茶釜」と名付け、この茶釜の湯で喉を潤す者は、開運出世・寿命長久等、八つの功徳に授かると言いました。
 その後、守鶴は十世天南正青の代に、熟睡していて手足に毛が生え、尾が付いた狢(狸の説もある)の正体を現わしてしまいます。これ以上、当寺にはいられないと悟った守鶴は、名残を惜しみ、人々に源平屋島の合戦と釈迦の説法の二場面を再現して見せます。
 人々が感涙にむせぶ中、守鶴は狢の姿となり、飛び去りました。時は天正十五年(一五八七)二月二十八日。守鵜が開山大林正通と小庵を結んでから百六十一年の月日が経っていました。
 後にこの寺伝は、明治・大正期の作家、巌谷小波氏によってお伽噺「文福茶釜」として出版され、茶釜から顔や手足を出して綱渡りする狸の姿が、広く世に知られる事になりました。
(茂林寺公式より)

とってもファンタジーなお話ですw
守鶴というと、ナルトにもでてきますよねwww
平成たぬき合戦でも似た様な描写がありましたし、化け狸の基本設定はここですwww

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たぬきのO玉百畳じきw

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、、、、で、、、、なぜかお寺の狸さんたちはお掃除モードになっているんですが、、、、
どうやら年末の大掃除って事らしいのですが、、、、、絵的に、、、、ちょっとwww

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かやぶき屋根ってのもなかなかいいですね~

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宝物の茶釜も拝観可能ですが、有料なのでやめましたw

昔、境内にM24軽戦車が置いてあったらしいのですが、、、、なぜ??www

さて、次は太田へ向かいます。
普通に平坦な道をブーンと走るんですが、、、、つまんねーw
やっぱりワインディングとか無いと面白くないですね(^^;
そんなことを考えつつ、次のポイントへとうちゃーく

大光院

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またの名を 子育て呑龍

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慶長18年(1613年)、徳川家康が先祖とする新田義重を祀るために呑龍を招聘して創建。境内裏には、新田義重や呑龍の墓がある。義重は九条兼実に従い法然上人に帰依した。建久6年(1195年)3月に寺尾城内に大光院を建立した[1]。時を経て、家康は観智国師・土井利勝・成瀬正成に遺跡を探させ、墓石と礎石などをここに移した。
呑龍は当時、多くの子どもが間引かれて殺されていたことを悲しみ、これらの子どもを弟子として引き取って育てたため、後世の人々から子育て呑龍と慕われた
中島飛行機で開発された百式重爆撃機という航空機の愛称「呑龍」は同寺院の通称から名づけられたものである。
(wikiより)

ほほう~ だから子育て呑龍っていうのか、、、、っていうか、上毛かるたって条件反射的に覚えてるだけで
その札の意味する所なんてだーれも知らないんですよね(^^;

天下の義人茂左衛門 っていう札だって、茂左衛門っていう人の命がけのドラマがあったとか
そういうの今まで知らなかったもんなぁ
茂左衛門についてはまた後日、、、、

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中はとても立派な建物が並んでおります

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この門は江戸城が落成したときに完成したことから吉祥門っていうらしいです。

お 太田金山子育て呑龍

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隣の金山公園にも行きたかったんですが、今回は出発時間が遅かったので時間があまり無かったのと
ガソリンが空っぽになってしまったのでそのまま帰宅~
今回の給油で燃費が算出できる、、、、リッター25kmかぁ まあまあかな?

帰りは走行距離が600kmを超えたので、エンジン回転を8000rpmまで開放!
忍者さんのパワーバンドが8000rpmからですのでいよいよ本領発揮ですw
なんだかバイクらしい音を出すようになったなーw

しかしなるほど、250ccはさらに回さないとダメだから、確かに乗ると疲れるかもね~
アクセル開ければぐっと加速する大型をみんなが乗りたがる理由がわかりましたw

さて、次はどこにいこうかなー


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